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元NEWS23岸井成格氏 「このままだとメディアは窒息する」

 投稿者:日刊ゲンダイ16/7/10  投稿日:2016年 7月14日(木)16時27分48秒 FL1-122-135-96-146.tky.mesh.ad.jp
返信・引用
  (「メデイア万華鏡」より続く)
  ――テレビ局がスクラムを組んで文句を言うかと思ったら、選挙報道そのものが減ってしまった。

 街録そのものもなくなっちゃった。

――なぜですか?

 イチャモンをつけられるのは嫌だからでしょう。それに現場は面倒くさい。街録でアベノミクスに5人が反対したら、賛成5人を集めなきゃいけない。面倒だから報道そのものが減ったんですが、今回は参院選の争点も番組で扱わなくなっている。だから、何が争点だか、ぼやけてしまっている。舛添問題や都知事選の報道ばかりで、参院選を真正面から取り上げている番組が少ない。今度の参院選が盛り上がらないのは、権力側が争点隠しをやっていて、メディア側も与野党の相違点をきちんと報じないからですよ。

――この調子だとまた投票率が下がるかもしれない。

 前回は52%ですか。それよりも下がるかもしれませんね。

  ――争点はズバリ、改憲と言論弾圧を許すのか否かじゃないですか?

 特定秘密保護法に始まり、安保法制の強行、高市総務相の電波停止発言、それに自民党の改憲草案。中でもいざという時には国民の権利を制限できる緊急事態条項の創設ですね。これらを一連の流れで見ていくと、国家統制、監視社会の強化の方向に向かっているのは間違いないと思います。そういう時にメディア側が萎縮していていいのか、権力側に忖度していていいのか。強い危機感を覚えます。

――高市発言の際には岸井さんや田原総一朗さんらが立ち上がって外国人記者クラブで会見を行った(2月29日)。それでも現場は変わりませんか?

 去年よりひどくなっています。「息苦しい」という表現が使われましたが、それを通り越して、このままだとメディアは窒息するんじゃないか。
 ――それほどですか? それは現場のディレクターなどの言動からですか? それとも上からの圧力?

 具体的にどうのこうのというより、肌で感じる部分がありますね。



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注目の人 直撃インタビュー
元NEWS23岸井成格氏 「このままだとメディアは窒息する」

    2016年7月10日
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怒りのキャスターたち(C)日刊ゲンダイ
怒りのキャスターたち(C)日刊ゲンダイ

意見広告が出たときは「気持ち悪いなあ」と

――改めて、「ニュース23」の降板騒動について伺います。騒動のキッカケは昨年9月、いきなり新聞に意見広告が出て、岸井さんの発言が放送法違反であると糾弾されたことでした。

 驚きましたよ、最初、何の広告だろう、気持ち悪いなあ、と思って読んでみたら、全編、僕と23への批判だった。

――文化人による意見広告の形を取っていましたが、裏には安倍官邸のにおいがしました。

 皆さん、安倍応援団ですからね。

――つまり、官邸と一体であると?

  彼らが官邸の空気を先取り、忖度して、広告を出したのかもしれません。でも、これが高市電波停止発言につながっていく。23では「変わりゆく国」というシリーズを組み、40回も安保法制の問題を取り上げました。アーミテージ元国務副長官のインタビューもやりました。アーミテージ氏はこう言ったんですよ。「日米共同で何かを行うために議論を始めようとすると、必ず憲法9条がバリケードのように塞いできた」と。解釈の変更による今度の法律でバリケードが取っ払われる、そんな言い方をしたんですね。

  ――本音をズバリ吐露ですね

 自衛権という言葉に騙されてはいけません。米国のために出ていくのですから。しかし、こういう議論を国会できちんとしていないでしょ? だから、番組で何回も取り上げたことを偏向報道だと批判された。

――背筋が寒くなるというか、恐怖心はなかったですか?

 僕も甘くて、タカをくくっていた部分はあるんです。僕も取材してますから、官邸や自民党サイドから、「岸井はやりすぎじゃないか」「こういう発言は問題だ」という声は聞こえてはいました。でも、それを圧力とは思わなかった。あの広告を見て、初めて、ここまで苛立っていたのかと思いましたね。

――それが「ニュース23」降板につながったのでしょうか?

 TBS側はメーンキャスターの膳場貴子さんが産休に入るので前から番組一新を考えていた。そうしたら、あの意見広告が出たものだから、困っちゃった。決して圧力に屈して決めたわけではありません、という説明でした。

  ――その説明を信じている?

 今年5月、国連の人権委員会からデイビット・ケイ米カリフォルニア大教授が日本の「表現の自由」について調べに来た。僕の問題も調べて、インタビューを受けましたが、彼は圧力のエビデンスが見つからなかったと言っていました。でも、「岸井を辞めさせた方がいい」という声もありましたからね、忖度もあったのかもしれない。

――そもそも素朴な疑問なんですが、テレビ局側は権力側に媚びたり、忖度すると、何かいいことがあるんですか?

 メディアにとってはいいことひとつもありませんよ。自殺行為なんだから。

――それなのに忖度するのはなぜですか?

 面倒くさいのがひとつ。もうひとつはスポンサー。
 ――権力に逆らうと、スポンサーがなんか言ってくるんですか?

  役所から「なぜ、あの番組のスポンサーをするのか」みたいなことを聞かれた社長はいたみたいです。

――もうひとつ、忖度すると総理が番組に出てくれるというのもあるんじゃないですか? というか、忖度してくれる番組を選別して協力している感じがします。

 選別、これはハッキリしていますね。昨今は安倍チルドレンといわれる国会議員を中心に、なんか偏向報道は取り締まるのが当たり前みたいな感覚がある。これは安倍首相自身がテレビ報道に対してトラウマがあるからでしょう。初当選が93年で、この年、自民党は下野した。その背景には細川政権を応援しようというテレビ朝日の椿発言などがあった。そうした首相のトラウマが自民党の若手国会議員にも伝播し、広がっている。メディア側はそれを忖度して、自粛する。場合によっては番組内容を変える。ときにはキャスターまで代えてしまう。

  ■都知事候補だった桜井俊前次官がやってきたこと


――総務相が電波停止命令ができる放送法がある限り、テレビはいつでもそうやって脅されてしまう。違いますか?

 放送法というのは戦前の反省から権力の介入を排除するために作られたんです。政治的に公平中立な放送を求めているのは、権力側の介入を許さないためで、偏向報道かどうかを権力側が決めるなんてことはありえない。それなのに、突然、権力側にそうした権限があるかのように言い出したのが安倍政権なのです。

――ここでも憲法の解釈変更のようなことが行われたということですか?

 役所において、その中心にいたのが都知事候補だった桜井俊前総務省事務次官ですよ。

――岸井さんは政治記者として、若いころから安倍首相を知っているわけですよね。首相として、どういう評価をしていますか?

  晋太郎さんの担当だったし、岸信介さんのロングインタビューもやりました。当時、晋三さんは秘書だった。いつのまにか右のプリンスみたいになって登場しましたが、政治に対する考え方や進め方について、問題がある首相であると思います。

▽きしい・しげただ 1944年9月生まれ。慶大中高を経て、慶大法卒。毎日新聞入社。主筆を経て特別編集委員。



 
 
 

国民が葬った民主主義…改憲へ衆参独裁政権誕生の絶望

 投稿者:日刊ゲンダイ16/7/11  投稿日:2016年 7月13日(水)16時58分40秒 FL1-122-135-96-146.tky.mesh.ad.jp
返信・引用
   ■大マスコミの裏切りで全く伝わらなかった本当の争点

 10日、投開票された参院選はやりきれない結果だった。野党共闘はある程度、奏功し、1人区で野党は11勝(21敗)した。しかし、この程度の善戦ではどうにもならず、終わってみれば、自民党が56議席と圧勝。公明党も14議席を確保した。おおさか維新の7議席を加えれば、改憲勢力は77議席を獲得。非改選の無所属議員のうち改憲賛成の4人を加えると、自公プラス改憲勢力が参院で3分の2を制してしまった。

 与党は衆院ではすでに3分の2を確保しているから、これでいよいよ、国家統制を前面に押し出した改憲が現実味を帯びてくる。安倍首相はテレビで慎重姿勢を見せていたが、こんなものはポーズだ。今回の選挙結果とは、もっとも危ない暴君に、とてつもない数を与えてしまったのである。

 高千穂大の五野井郁夫准教授は「2016年7月10日は歴史に刻まれる日になるだろう」と言い、こう続けた。

「日本の民主主義が形式的なものになってしまった日だからです。衆参で与党や与党協力勢力が3分の2を制するなんて、日本の民主主義の歴史においてはほとんど未踏の領域です。今でもこの政権はメディアに平気で圧力をかける。公平・中立報道をしなければ、電波停止をにおわせる。今後も言論機関に圧力をかけてくるでしょう。本来であれば、『それはおかしい』と言う野党もここまで負けてしまうと、手も足も出ない。与党議員や閣僚に疑惑があっても証人喚問はもとより、質問時間すら制限されてしまう。安倍政権は『今がチャンス』とばかりにやりたい政策を加速化させていくでしょう。グズグズしていたら、高齢化が進む安倍応援団、日本会議が許さないからです。かくて、あっという間に国の形が変わってしまう恐れがある。後世の歴史家は、この日が歴史の分岐点だったと分析するかもしれません」

 それなのに、有権者の能天気だったこと。投票率は戦後4番目に低い54.7%だから、どうにもならない。大マスコミが安倍の姑息な争点隠しに加担したものだから、民主主義を賭した選挙だという自覚もなく、盛り上がらない選挙になった結果がコレなのである。民主主義は死んだも同然だが、そのことすら大マスコミは報じようとせず、従って有権者はいまだに気づかない。安倍の思うツボである

 ■比例統一名簿に失敗した野党の致命的大失態

 返す返すも悔やまれるのは、野党4党が比例区で統一名簿を作れなかったことだ。1人区で野党統一候補は11議席を獲得。特に東北地方は5勝1敗と共闘効果を発揮し、メディアの最終情勢調査を大きく覆すほど善戦しただけに、なおさら惜しまれる。比例区で野党票が分散した結果、自民党の比例獲得議席は19と、圧勝した前回の18議席を上回ってしまった。

「野党共闘が比例区でも実現していれば、自民党から少なくとも5、6議席を奪えたはず。確実に改憲勢力3分の2議席は阻止できました」(政治ジャーナリスト・鈴木哲夫氏)

 政治評論家の野上忠興氏は「決断できなかった民進党の岡田代表の“オウンゴール”」と語ったが、まさにその通りだ。昨年夏の安保法の成立以降、憲法学者の小林節・慶大名誉教授らは野党の大同団結を呼びかけ、社民・生活も統一名簿実現に前向きだった。消極姿勢は民進だけで、小林教授はしびれを切らして「国民怒りの声」を立ち上げた後も「統一名簿が実現すれば、いつでも降りる」と強調していた。

 「最後は連合まで統一名簿に積極的となったのに、岡田代表が踏み切れなかったのは『民進党のエゴ』といわざるを得ません。全ての1人区で野党共闘が実現しても、比例統一名簿がないことで“画竜点睛を欠く”状況になってしまった。決断しなかった岡田代表の歴史的責任は重くなりそうです」(鈴木哲夫氏=前出)

 統一名簿をフイにした野党は、この国の民主主義を見殺しにしたも同然だ。後世の歴史家に「致命的大失態」と評価されるのは間違いない。
 

生前の永六輔が自民改憲草案を痛烈批判

 投稿者:TBSラジオ「六輔七転八倒九十分」番組サイトより  投稿日:2016年 7月13日(水)16時46分17秒 FL1-122-135-96-146.tky.mesh.ad.jp
返信・引用
    永六輔氏が、先週の7月7日に逝去していたことが、きのう明らかになった。永といえば「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「こんにちは赤ちゃん」の作詞など、戦後を代表するタレント、作詞家だが、戦争そして憲法について繰り返し語ってきたことでも知られる。
 周知の通り、先日行われた参院選の結果、改憲勢力が3分の2議席を獲得した。それを受けて安倍首相は改憲について「今回の選挙の争点は改憲ではない」「今後、与野党で議論しながら慎重に進めていく」と語っているが、昨年の安保法制の時の国会運営を思い出してもわかる通り、議論すらまともに行わないまま数の暴力で強行に進めていくとみて間違いないだろう。
 権力者によって憲法が蹂躙されようとしているいまだからこそ、あらためて永氏の憲法そして反戦への思いをあらためて振り返りたい。
「本来、一般市民は憲法なんて気にしなくてもいい、それが平和な世の中というものですよ。市民が『改憲ハンタ~イ』なんてデモするのは、けっして平和な状況ではない。憲法はあくまで国の舵取りをする政治家や役人、つまり為政者を縛るための法律なんであって、国民は憲法に縁がなくても、幸せならそれでいいんですよ」(「現代」06年6月号/講談社)
 市民が「改憲反対」なんてデモをしなくてはいけないような状況になること自体が、すでに異常事態である、と。まさに現在の状況を予見するような重要な指摘を、永は10年も前に語っていたのである。
 憲法は為政者を縛るためのもの。昨年夏の安保法強行採決や今回の騙し討ち選挙によって破壊された立憲主義について、永はさらにこんな指摘もしている。それは、「9条を守る」ことは「99条を守ることだ」というものだ。
「憲法議論でいうとね。第9条ばかりに目がいきがちだけど、条文の最後のほうの第99条には、憲法をまとめるように、『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ』とあるんですよ。この大事な99条にまで議論が及ばない」(「現代」05年8月号)
 しかし、現在自民党が出している改憲草案では、この条文に「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」という文章が加えられ、本来為政者を縛るためにあるはずの憲法が国民を縛るものに変わっている。これは「憲法」の根幹を揺るがすような変化なのだが、選挙前にこの事実を伝えるマスコミはほとんどなかった。



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永六輔が自民の改憲草案を「ちゃんちゃらおかしい」と痛烈批判していた!“総理が改憲と言い出すのは憲法違反”とも

憲法新田 樹自民党 2016.07.12



「(99条は)憲法を変えてはいけないという条文です。天皇陛下といえども変えられない。それなのに国会議員が変えると言い出すのはおかしいでしょう」
「国民に義務を課すなんてちゃんちゃらおかしいですよ。憲法は国民を守るためのルール。それなのに99条を変えると言い出すなんて、政治家が憲法を勉強してこなかった証しです」(毎日新聞13年5月23日付夕刊)
 自民党の改憲草案を「ちゃんちゃらおかしい」と批判。そもそも総理大臣や国会議員が憲法を変えると言い出すこと自体、憲法違反だとまで語っているのだ。
 ただ、永氏は憲法を改正すること自体に反対とは言っていない。しかし、それは、日本を確実に戦争ができる国に変え、国民を縛る監視国家にしようとする自民党の考える改正とはまったく違う発想のものである。
「ぼくが前から言っているのは、9条だけを日本国憲法にすべきだということ。ほかは全部、他の法律に入れちゃえばいい」(『この国が好き』所収の鼎談より/文・鎌田實、絵・木内達朗、マガジンハウス)
 永氏の考える日本国憲法は、たった一行だけ。「二度と飢えた子供の顔は見たくない」。これだけである。
「僕は憲法はこれでいいと思うんです。条文を書き連ねるんじゃなくて、この言葉の中に全部盛り込まれていると思う。戦争の問題、貧困の問題、教育・福祉の問題。僕は戦争が終わって、最初に選挙する時、興奮したし感動もしました。その感情がいまは無くなってしまった。だからもう一度元に戻して、『二度と飢えた子供の顔は見たくない』という、たった一行、世界でいちばん短い憲法にしたらどうかと思うんです」(「創」13年9・10月号/創出版)
 永氏が「二度と飢えた子供の顔は見たくない」という一行を生み出した理由。それはもちろん、1933年生まれの彼自身が戦争を体験した世代だからだ。
 永氏はこれまで、事あるごとに自分の戦争体験を語ってきた。それは、「中年御三家」の盟友であった小沢昭一や野坂昭如と変わらないし、他の戦争を体験した人々とも同様である。ただ、その戦争体験の「伝え方」に関し、永氏には反省があるようだ。
 戦争を体験した世代の人々が先の戦争を語る際、強調されるのは当然のことながら家族や友人の死など、悲惨な出来事ばかりである。ただ、幸運にも戦争中そのような悲しい憂き目にはあわなかった人もいるし、また、終戦時にはまだまだ子どもで戦争の実態がいまいち分かっていなかったという世代もいる。
 終戦時、国民学校の6年生だった永氏は、戦争体験について聞かれた際、「僕は戦争が面白かった」と答えている。東京大空襲の時も疎開先の長野から真っ赤に見えた東京の空を見て、「まるで夕焼けみたいに綺麗だった」とも感想を述べた。戦争体験としてはあまりに異質な感想だが、それが、終戦時12歳だった子どもの“実体験からの感想”だったのだ。

 「子どもからすれば、自分の家さえ燃えなければ、火事というのは面白い。空襲もそんなものにすぎなかった。
 親子関係だって、別れていくのが当たり前。
 毎日、近所のお兄さんが出征していき、かわりに遺骨が帰ってくる。『だれそれが亡くなった、こんどは誰ん家が焼けた』、とそれが日常でした。
 僕がもう少し大人だったのなら、戦争のすさまじさが分かったのだと思います。
 三つ年上の野坂昭如さんは、軍需工場で働いているから、戦火を逃げ回った経験をお持ちです。小沢昭一さんは、飛行機に乗って突っ込んでいく準備をしているわけです。
 でも僕は子供だったからそんな経験もない。だから戦争は面白かった。
(略)
 大人になってから気が付きました。
『戦争が面白い』
 そんな風に思っている子供がいたなんて、そんな子供時代をすごしていたなんて、なんと怖いことだろうと」(「小説宝石」05年8月号/光文社)
 戦争がどれだけたくさんの悲しみを生み、そして自分の命すら脅かしてしまうものなのかを理解できぬまま軍国教育を受け続けると、このような感想を抱く子どもが生まれてしまう。永氏は実体験からその恐ろしさを伝えようとしているのである。
 戦後の平和な時代になり、このような率直な感想を語る人は少ないが、これもまた、戦争の恐ろしさを十二分に伝える逸話である。だからこそ、戦争を体験した世代は、自分たちが本当に感じた「戦争」を後の世代に語り継いでいかなくてはならなかった。永氏はそのように感じていたようだ。
「体験といっても、ぼくらのような学童疎開した世代と、実際に戦争に行った人では『戦争』の意味が違うし、同じ昭和ひとケタでも、小沢昭一さんと野坂昭如さんと、そしてぼくの『戦中』『戦後』はまったく違う。(略)疎開世代でいえば、小沢さんも野坂さんも、ぼくもそれぞれ違う。それを「昭和ひとケタ」でくくってしまうところが釈然としないだけで。戦争体験といっても、ほんとに撃ったり、撃たれたり、戦地での経験を持っている人と、戦地へ行く手前の少年兵だった小沢昭一さんたちと、動員されて軍需工場で働いていた野坂昭如さんと、ぼくらみたいに、ただ疎開したというのが一緒になっているから、話はズレます」(前出「現代」05年8月号)
 小沢昭一氏は2012年に亡くなり、野坂昭如氏も昨年12月に亡くなってしまった。「中年御三家」最後の一人だった永六輔氏も、もうこの世にはいない。戦争体験を語り継いでくれる人も年々減り続け、現在の日本は「戦争の本当の恐ろしさ」を理解している世代が次々と鬼籍に入りつつある。
 日本国内から「戦争」への忌避感が急速に失われつつある。そして、70年ものあいだ、日本を戦争から守ってきた憲法が破壊されようとしている。いまいちど、永六輔氏の残してくれた言葉を肝に銘じておきたい。
(新田 樹)
 

地位協定、基地縮小も言及せず…日米首脳会談の“茶番劇”2016/5/26

 投稿者:日刊ゲンダイDigital  投稿日:2016年 5月27日(金)17時15分14秒 FL1-122-135-96-146.tky.mesh.ad.jp
返信・引用
  予想通りの「茶番劇」だった――。25日夜9時30分から1時間、開かれた日米首脳会談。当初、首脳会談は26日に予定されていたが、米軍属の男による「死体遺棄事件」が沖縄で起きたため、急きょ前倒しされた。

 安倍首相は遺棄事件について「断固抗議」し、オバマ大統領は「哀悼の意」を表明したらしいが、沖縄からは「パフォーマンスだ」と怒りの声が上がっている。

 安倍首相がどこまで事件を深刻に考えているのか、再発防止に熱心か、焦点は「日米地位協定の見直し」と「米軍基地の縮小」をオバマ大統領に迫るかどうかだった。ところが結局、安倍首相は最後まで口にしなかったという。

 さすがに沖縄の翁長雄志知事は、「日米地位協定の見直しに言及しなかったのは残念だ」と漏らしている。米兵に特権を与えている「日米地位協定」を見直し、「米軍基地」を縮小しない限り、米兵による強姦や殺人事件はなくならないからだ。

  ■会談は実質30分足らず

 そもそも、トップ2人は、どこまで真剣に「死体遺棄事件」について話し合ったのか。通訳を挟んだ1時間の会談は、実質30分足らずである。30分間で「北朝鮮問題」「世界経済」「航行の自由」「TPP」……と、重要議題をいくつも話し合ったというから、「死体遺棄事件」に費やされた時間は、ほんのわずかだろう。これでは、後ろから殴られ、強姦された上に殺された20歳の被害女性は浮かばれない。

 なぜ安倍首相は、オバマ大統領に「基地縮小」と「地位協定の見直し」を迫らなかったのか。

 元レバノン大使の天木直人氏はこう言う。

「もし、安倍首相が沖縄県民の苦しみと悲しみを心から受け止めていたら、首脳会談の冒頭だけでも翁長知事を同席させ、オバマ大統領に直接、談判させていたはずです。翁長知事もオバマ大統領との会談を橋渡しして欲しいと願い出ていました。深刻そうな2人の会談を、沖縄県民が“茶番劇だ”と怒るのも当然でしょう」

  安倍首相がオバマに対して強く言えないことは、最初から分かっていたという。

「オバマ大統領の広島訪問について、ライス補佐官は米CNNのインタビューに、〈It is interesting〉という単語を使い、『驚いたことに日本は謝罪を求めてこなかった』と話しています。原爆を投下したアメリカに日本が謝罪を求めるのは当然の権利なのに、求めようともしないので驚いたのだと思う。恐らく、日本政府は“謝罪などしなくていいから、とにかく広島に来てください”と頼み込んだのでしょう。無理やり広島に足を運んでもらう手前、遺体遺棄問題については強く言えなかった可能性があります」(天木直人氏)

 議長としてG7サミットを仕切り、オバマ大統領を広島に連れていけば、支持率は10%アップして、7月の参院選は大勝すると安倍首相周辺は大ハシャギしているそうだが、安倍首相は一体、誰のために外交をしているのか。
 

<これがアベノリスク。「消えた年金5兆円」はなぜ発表されないのか?>

 投稿者:MAG2 NEWS16/4/15  投稿日:2016年 4月15日(金)16時03分21秒 FL1-122-135-96-146.tky.mesh.ad.jp
返信・引用
   専門家の試算で明らかになった、5兆円という2015年度の年金運用損失額。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんはその責任は「年金をアベノミクスの株価対策につぎ込んだ安倍政権にある」とし、さらにその運用実績の発表を参院選後に先延ばしするという官邸の姑息なやり口を厳しく批判しています。

安倍首相のGPIF改革で国民の年金資産が消えてゆく
アベノミクス高株価政策の切り札は、130兆円をこえる国民の大切な年金積立金を、日本株投資に注ぎ込むことである。年金積立金を運用している独立行政法人「GPIF」を「改革」すると息巻いて、安倍首相は株式運用の比率を大幅アップさせたのだが、そのために国民はどうやら、3月末までの1年間(2015年度)で5兆円もの大損をしてしまったようである。

中日新聞の記事を引用しよう。

独立行政法人「GPIF」が2015年度、約5兆1,000億円の損失を出す見通しとなったことが、専門家の試算で明らかになった。(中略)試算はGPIFの運用に詳しい野村証券の西川昌宏チーフ財政アナリストが実施。…
GPIFは「Government Pension Investment Fund」の略である。日本名の「年金積立金管理運用独立行政法人」では漢字だらけでピンとこない。マーケット参加者によると、世界最大の「政府系ファンド」というのが、大方の認識のようだ。

安倍首相がGPIFの日本株購入を宣伝して世界の投資家をひきつけ、株価上昇によるアベノミクス効果を演出しようとしたもくろみは、一定期間、刺激の強さゆえに奏功した。だが、株高円安を除けばいっこうに日銀による異次元金融緩和の効き目があらわれてこない。

結局、アベノミクスがデフレ退治にはほど遠い政策であったことが知れ渡るにつれ、世界の投資家の日本株離れが進んで、今年に入ると同時に株価の大幅下落がはじまった。為替相場は、一転して円高へ進み、アベノミクス円安の恩恵で業績を伸ばしていた輸出大企業の景気見通しも悪化した。落ち込んだ株価が、再び急上昇しはじめる気配はない。

GPIFの年金積立金は、2015年度の最終四半期1~3月の運用で瞬く間に損失が膨らんだ。その損失額が5兆円前後ではないかという推測がメディアで報じられ、衝撃を受けたのは、もちろん、GPIFを政治利用した安倍官邸であろう。

ここ10年(05~14年度)にわたるGPIFの運用実績を見ると、サブプライムローン、リーマンショックのあった07年、08年の巨額損失をのぞけば、ほぼ堅調だった。それ以外にマイナスになったのは期末直前に東北大震災のあった2010年度だけで、それも3,000億円弱の損にとどまっている。震災、原発事故の影響をモロに受けた2011年度でも2兆6,092億円の利益、2012年度から14年度までは毎年10兆円をこえるプラスになっている。

もし、2015年度に5兆円の損失を出せば、リーマンショック以来の巨額赤字に沈むことになる。旧ポートフォリオのままだったら、この株価下落局面でもなんとかもちこたえることができた可能性が高い。旧基本ポートフォリオは国内債券60%、外国債券11%、国内株式12%、外国株式12%、その他5%だった。

安倍政権は利回りの少ない国内債券の割合を減らし、その分を株式投資に充てて、政権交代後の株価上昇トレンドを支えることを思いついた。第3の矢、成長戦略のアイデアがひねり出せぬゆえの苦肉の策でもあった。それを受けてGPIFは2014年11月、基本ポートフォリオの目標値を国内債券35%、外国債券15%、国内株式25%、外国株式25%に変更した。

 2015年4月から16年3月の年間運用成績は、まさにその変更の成否を判断する初のデータとなる。それだけに、もし5兆円損失という具体的な数字が明らかになれば、参議院選にのぞむ安倍政権にとって、大きな痛手となるにちがいない。官邸は一計を案じた。

例年なら、GPIFの年間運用実績は7月初旬に公表される。それでは参院選の投票より前になってしまうので、まずい。どうしても公表のスケジュールを参院選後に設定させる必要がある。官邸は塩崎厚生労働大臣を通じて、運用実績発表を参院選後に先送りするようGPIF理事長に指示した。

公表日は7月29日と決まった。「例年、7月末までにすればいいことになっている」とGPIFの事務担当者は言い訳をするが、過去8年間、ずっと7月前半に発表されてきている。その慣例を今回に限って破ったのにはそれなりの理由があるはずだ。GPIFの三石博之審議役は「今回はGPIF設立10年の振り返りをするため例年より作業時間がかかる」と言うが、半月も公表が遅れる理由としては、全く説明になっていない。要するに、安倍政権が公表を遅らせるよう命令してきているだけのことである。

選挙に都合の悪いことは、何もかも後回しというのが、安部政権の一貫した姿勢だ。選挙の判断を間違えないよう国民に真実を知らせるなどという誠意はハナから欠如している。

この問題について、民進党の玉木雄一郎議員が4月7日の衆院TPP特別委員会で「試算では運用見直をしてなければプラスマイナスゼロだった可能性が高い。(公表を遅らせると)消えた年金とか、巨額損失隠しといわれますよ」と安倍首相を追及した。

が、安倍首相は「安倍政権の3年間の運用収益は37.8兆円だ。民主党政権の3年間より遥かに、遥かに、遥かに運用益はあがっている」とうそぶくばかり。ポートフォリオの変更の是非を問題にしているのに、変更前の稼ぎだけを自慢するのである。それなら、変更しないほうがよかったということではないか。

それにしても、国民から預かった年金の積立金の運用方法を政治的な思惑で簡単に変更してもよいものだろうか。しかも、投機性の高い株式投資の比率を2倍に引き上げ、50%にした。それだけ、国民のリスクは勝手に高められてしまったのである。

安倍首相はGPIFの改革と称して、この組織をいじりまわした。2014年1月のダボス会議で「1兆2,000億ドルの運用資産を持つGPIFの改革」をアピールし、日本株への関心をひきつけるや、帰国後さっそくGPIF運用委員の人事に手をつけた。

  GPIFの組織を簡単に説明しておこう。理事長と理事(1人)のもとに事務局があり、外部に8人のメンバーによる運用委員会が設けられている。理事も運用委員も厚生労働大臣が任命する。

運用はインハウス(自家運用)ではなく、基本的には民間のファンドを選んで委託する。いかにいいファンドを選ぶかが運用部門の腕のみせどころなのだが、それ以前に、基本ポートフォリオをどう組むかが重要である。運用委員会はその作成に権限を有している。

安倍首相が、年度替わりに、厚生労働大臣の任命権を使って人事に介入したのは、運用委員会を思うがままに操縦したいためである。国民の大切な年金資産の半分を株式購入にあてる構想を実現するには、運用委員会にその方針を支持しそうなメンバーを揃えておく必要があった。

2014年4月24日の新年度最初の運用委員会では、8人の委員のうち、委員長をはじめとする5人が入れ替わっていた。その会合から基本ポートフォリオ変更についての検討が始まり、同年10月23日の委員会で、国内債券を60%から35%に減らし、株式を24%から50%に引き上げるという大幅な変更案が、賛成7人、反対1人で承認されたのである。

こうして決定した新しい基本ポートフォリオのもと、株式の大量買い増しが進んだが、株価上昇がいつまでも続くはずはない。専門家の間では年金資金運用が政治の具となることに危惧の念を表明する声が強まった。同年春に退任した理事の1人、小幡績(慶応大大学院准教授)もその1人だ。

「国民の年金の将来支払いの原資を運用する組織を大きく変えようとする動きは危険だ」と同年6月、『GPIF 世界最大の機関投資家』というタイトルの本を緊急出版した。このなかで、小幡は基本ポートフォリオの変更を「誤り」と断じ、以下のように理由を述べている。

どんな資産にどのように投資するか。これ以上、専門的で、現場の専門家、当事者以外に決められない、材料がなければ議論できないことはありません。それを政治家や外部のエコノミストや有識者がやっている。株式を買えるようにするために、運用に積極的な人を政治側が選ぶ。自分たちの意見に従う専門家をGPIFのメンバーとして選ぶ。おかしいです。本末転倒どころか、年金運用を「ぶっ壊す」つもりなのでしょうか。
これぞ、まさに安倍の手口であろう。

安倍官邸は憲法解釈を変えるために内閣法制局人事を揺さぶり、NHKを公共放送から内閣宣伝機関にするために会長や経営委員を替え、日銀の独立性を奪うために意に適う総裁、副総裁を送り込んだ。そのうえ国民の自由より国家の秩序を重視する政策を進めやすいよう憲法を改正しようとしている。

安倍晋三の「改革」はつねに、知性を無視し自らの信じるドグマを重視する「破壊」であり「欺瞞」であり「本末転倒」である。

アベノミクスがとうに行き詰っているのは明白だ。このままでは、GPIFによる国民の損失は膨れ上がる一方だろう。われわれ国民は参院選、場合によっては衆参ダブル選の投票により、この悪しき流れを断ち切るほかない。GPIFの組織を簡単に説明しておこう。理事長と理事(1人)のもとに事務局があり、外部に8人のメンバーによる運用委員会が設けられている。理事も運用委員も厚生労働大臣が任命する。

運用はインハウス(自家運用)ではなく、基本的には民間のファンドを選んで委託する。いかにいいファンドを選ぶかが運用部門の腕のみせどころなのだが、それ以前に、基本ポートフォリオをどう組むかが重要である。運用委員会はその作成に権限を有している。

安倍首相が、年度替わりに、厚生労働大臣の任命権を使って人事に介入したのは、運用委員会を思うがままに操縦したいためである。国民の大切な年金資産の半分を株式購入にあてる構想を実現するには、運用委員会にその方針を支持しそうなメンバーを揃えておく必要があった。

2014年4月24日の新年度最初の運用委員会では、8人の委員のうち、委員長をはじめとする5人が入れ替わっていた。その会合から基本ポートフォリオ変更についての検討が始まり、同年10月23日の委員会で、国内債券を60%から35%に減らし、株式を24%から50%に引き上げるという大幅な変更案が、賛成7人、反対1人で承認されたのである。

こうして決定した新しい基本ポートフォリオのもと、株式の大量買い増しが進んだが、株価上昇がいつまでも続くはずはない。専門家の間では年金資金運用が政治の具となることに危惧の念を表明する声が強まった。同年春に退任した理事の1人、小幡績(慶応大大学院准教授)もその1人だ。

「国民の年金の将来支払いの原資を運用する組織を大きく変えようとする動きは危険だ」と同年6月、『GPIF 世界最大の機関投資家』というタイトルの本を緊急出版した。このなかで、小幡は基本ポートフォリオの変更を「誤り」と断じ、以下のように理由を述べている。

どんな資産にどのように投資するか。これ以上、専門的で、現場の専門家、当事者以外に決められない、材料がなければ議論できないことはありません。それを政治家や外部のエコノミストや有識者がやっている。株式を買えるようにするために、運用に積極的な人を政治側が選ぶ。自分たちの意見に従う専門家をGPIFのメンバーとして選ぶ。おかしいです。本末転倒どころか、年金運用を「ぶっ壊す」つもりなのでしょうか。
これぞ、まさに安倍の手口であろう。

安倍官邸は憲法解釈を変えるために内閣法制局人事を揺さぶり、NHKを公共放送から内閣宣伝機関にするために会長や経営委員を替え、日銀の独立性を奪うために意に適う総裁、副総裁を送り込んだ。そのうえ国民の自由より国家の秩序を重視する政策を進めやすいよう憲法を改正しようとしている。

安倍晋三の「改革」はつねに、知性を無視し自らの信じるドグマを重視する「破壊」であり「欺瞞」であり「本末転倒」である。

アベノミクスがとうに行き詰っているのは明白だ。このままでは、GPIFによる国民の損失は膨れ上がる一方だろう。われわれ国民は参院選、場合によっては衆参ダブル選の投票により、この悪しき流れを断ち切るほかない。
 

各局の辛口コメンテーターが一斉に降板 2016年4月11日

 投稿者:『uttiiのTVウォッチ』  投稿日:2016年 4月14日(木)14時41分6秒 FL1-122-135-96-146.tky.mesh.ad.jp
返信・引用
  【今週の<TVウォッチ>】
創刊号は特別の内容でお届けします。

このメルマガ創刊のきっかけとなった出来事の1つに、各局の辛口コメンテーターが一斉に降板するということがありました。NHKクローズアップ現代の国谷裕子、報道ステーションの古舘伊知郎、そしてTBS「NEWS23」の岸井成格、膳場貴子の各氏です。それぞれ、最終出演の機会に、番組を去るに当たってのコメントを残しています。一部は新聞でも報じられましたが、全体をキチンと文字に起こしたものを見ていませんし、それに対するキチンとしたコメントも見当たりません。記録という意味でも、あるいは読み解きという意味でも、当メルマガの創刊号にふさわしい素材だと思いました。とりあえず、創刊号では、国谷さんのケースのみを分析対象としますが、古館さんと岸井さん・膳場さんについては、文字起こしのみ、【資料】として末尾に付けておきます。よろしければ、そこから何が読み取れるか、目を通しておいて頂けると幸いです。次号で、分析対象とします。では、始めましょう!

【キャスター降板の美学】~国谷裕子のケース~
● 降板のコメント

23年間担当してきましたこの番組も、今夜が最後になりました。この間、視聴者の皆様方からお叱りや戒めも含め、大変多くの励ましをいただきました。クローズアップ現代が始まった平成5年からの月日を振り返ってみますと、国内、海外の変化の底に流れるものや静かに吹き始めている風を捉えようと、日々もがき、複雑化し見えにくくなっている現代に少しでも迫ることができれば、との思いで番組に携わってきました。23年が終わった今、そのことをどこまで視聴者の皆様に伝えることができたのか、気懸かりですけれども、そうした中でも長い間、番組を続けることができましたのは、番組にご協力いただきました多くのゲストの方々、そして何より、番組を観て下さった視聴者の皆様方のお陰だと感謝しています。長い間、本当にありがとうございました。

(2016年3月17日「クローズアップ現代」およそ1分30秒)

  uttiiの眼
集団的自衛権の問題で菅官房長官にしつこく食い下がった国谷さん。正直に言うと、あまり上手な攻め方ではなかったように見えたが、それでも、あのときの放送が原因で官邸が圧力を掛けたのだとしたら許しがたいことだと思う。少なくとも、NHKの現場が「国谷続投」を強く求めたのに対して、上層部が断固として降板を譲らなかったという話は、信憑性が高い。

国谷氏最後のコメントは、当たり障りのないもののように見える。しかし、これは綺麗事を述べたものではなく、私には国谷さんの本心と思えた。23年の経験のボリュームに比べれば、菅氏との衝突など、些細なことだからだ。たとえ、それが自分のポジションを失う最大の原因だったとしても。

この日の番組は「未来への風~『痛み』を超える若者たち~」と題したもので、時代の閉塞感の中で主体的に動き始めた若者たちを取り上げた。安保法制反対運動や18歳選挙権、ブラックバイト、沖縄の普天間基地移転問題、短歌創作、NPO支援などの分野で生き生きと活動し始めている人たちを紹介。最初に取り上げられたのはSEALDsの奥田愛基さんだった。

ゲストのノンフィクション作家、柳田邦男氏とのトークの締めは、「(こうした芽を大きく育てるために)若者たち自らが考え、行動して欲しい」というもの。そのあと、画面は23年間のテーマを桜の花の1つ1つに見立てたコラージュとなり、ゆっくりとパーンする映像をバックに「国谷裕子キャスターの出演は今夜が最後になります」のテロップが入り、そして国谷さんのワンショットとなって上記のコメント。

   コメントの終わりで頭を下げた国谷さん。そのあと、もう一度、国谷さんのワンショットに戻るのだが、今度は静止画。そして、バックにクラシック音楽が被る。「死」をイメージさせる編集技法。因みに、曲はモーリス・ラベル作曲の「亡き王女のためのパヴァーヌ」で、フルートのバージョン。およそ30秒流れた。

テーマの選び方、最後のコメント、世の中を良い方に変えていく若者の力が発揮されつつあるのだという明るい方向感、さらに、23年間を謙虚に肯定するコメント、そして最後の曲。「王女」は国谷さん自身に違いなく、降板を悲しむスタッフの選曲であることも疑いようがない。降板「事情」についての説明は一切ないが、意味は十分に伝わった。

  資料1:古舘伊知郎のケース
それにいたしましても、私は大変気に入っているセットとも今日でお別れということになってしまうわけです。考えてみますと私、2004年の4月5日にこの「報道ステーション」という番組は産声を上げました。それから12年の歳月があっという間に流れました。なんとか、私のテレビ局古巣である、学び舎である、このテレビ朝日に貢献できればという思いも強くあって、この大任を引き受けさせていただきました。お蔭をもちまして、皆さん、風邪などひとつ引くこともなく無遅刻無欠勤で12年やらせていただくことができました。これも、ひとえにテレビの前で今、ご覧になっている皆様方の支えあったればこそだなと、本当に痛感をしております。ありがとうございました。

私は毎日毎日、この12年間、毎日毎日、テレビ局に送られてくる皆様方からの感想、電話、メールなどをまとめたものを、ず~っと読ませていただきました。それはお褒めの言葉に喜び、そして決定的な罵倒に傷付いたこともありました。でも、全部ひっくるめて、ありがたいなと今、思っております。というのも、ふとあるとき気づくんですね。いろんなことを言ってくるけれども、考えてみたら私もこの電波という公器を使って、良かれかし、とはいえ、色んなことをしゃべらせていただいている。絶対、どこかで誰かが傷付いてるんですよね。それは、因果はめぐって自分がまた傷つけられて当然だと、だんだん素直に思えるようになりました。こういうふうに言えるようになったのも、やはり、皆さん方に育てていただいたんだなと強く思います。そして、私がこんなに元気なのになんで辞めると決意をしたのかということも簡単にお話しするとすれば、そもそも私が12年前にどんな報道番組をやりたかったのかということにつながるんです。それは実は言葉にすると簡単なんです。もっともっと普段着で、もっともっとネクタイなどせず、言葉遣いも普段着で、普通の、司法言葉とかじゃなくて普通の言葉で、ざっくばらんなニュース番組を作りたいと真剣に思ってきたんです。ところが現実はそんなに、皆さん、甘くありませんでした。例えば、「いわゆるこれが事実上の解散宣言とみられています」。「いわゆる」が付く、「事実上」をつけなくてはいけない。「みられている」というふうに言わなくてはいけない。これはね、どうしたって必要なことなんです。やっぱりテレビ局としても放送する側としても誰かを傷付けちゃいけないということも含めて、二重、三重の、言葉の損害保険をかけなくてはいけないわけです。そして裁判でも…。自白の任意性が焦点となっています。任意性。普段、あまりそういう言葉使わないですね。本当にそういうふうに語ったのか。あるいは強制されたのかで良いわけで、本当は。例えば、これから今夜の夕食だというときに、今日の夕食は、これは接待ですか? 任意ですか? とは言わないわけです。だけど、そういうことをガチっと固めてニュースはやらなくてはいけない。そういう中で、正直申しますと、窮屈になってきました。もうちょっと私は、自分なりの言葉、しゃべりで皆さんを楽しませたいというわがままな欲求が募ってまいりました。12年、苦労してやらせていただいたというささやかな自負もありましたので、テレビ朝日にお願いをして、退かせてくださいと言いました。これが真相であります。ですから、世間、巷の一部で、なんらかの直接のプレッシャー、圧力が私に掛かって私は辞めさせられるとか辞めるとか、そういうことでは一切ございません。ですから、そういう意味では私のこういうしゃべりや番組を支持してくださっている方にとっては、私が急に辞めるというのは裏切りにもつながります。本当にお許しください。申し訳ありません。私のわがままです。

   ただ、このごろは、報道番組で開けっぴろげで、昔よりもいろんな発言ができなくなりつつあるような空気は、私も感じています。とてもいい言葉を聞きました。この番組のコメンテーターの政治学者の中島先生が、こういうことを教えてくれました。空気を読むという人間には特性がある。昔の偉い人も言っていた。読むから、一方向にどうしても空気を読んで流れていってしまう。だからこそ、反面で、水を差すという言動や行為が必要だ。私はそのとおりだと感銘いたしました。つるんつるんの無難な言葉で固めた番組など、ちっとも面白くありません。人間がやってるんです。人間は少なからず偏っています。だから情熱を持って番組を作れば、多少は、番組は偏るんです。しかし、全体的に程よいバランスに仕上げ直せば、そこに腐心をしていけばいいのではないかという、私は、信念を持っております。そういう意味では12年間やらせていくなかで、私の中でも育ってきた「報道ステーション」魂というものを、後任の方々にぜひ受け継いでいただいて、言うべきことは言う。多少厳しい発言でも言っておけば、間違いは謝る。その代わり、その激しい発言というものが、実は後年たって、あれがきっかけになって議論になって良い方向に向いたじゃないか。そういう事柄もあるはずだと信じています。

考えてみればテレビの地上波、地上波なんていちいちいわなくてもテレビの一人勝ちの時代がありました。そのすばらしい時流によき時代にのってですね、キラ星のごとく、あの久米さんが素晴らしい「ニュースステーション」というニュースショーを、まさに時流の一番槍を掲げて突っ走りました。私はそのあとを受け継ぎました。テレビの地上波もだんだん厳しくなってまいりました。競争相手が多くなりました。でも、そういう中でも、しんがりを務めさせていただいたかなというささやかな自負は持っております。さあ、このあとは通信と放送の融合、二人羽織。どうなっていくんでしょうか。

厳しい中で富川悠太アナウンサーが4月11日から引き継ぎます。大変だと思います。しかし、彼には「乱世の雄」になって頂きたいと思います。彼はこれまで12年間、例えば凄惨な殺人の現場に行き、おろおろしながらも冷静にリポートを入れてくれた。その足で今度は自然災害の現場に行き、住んでいる方々に寄り添いながら一生懸命、優しいリポートを入れてくれました。私がこの12年の中で彼をすごいなと思うのは、1回たりとも仕事上の愚痴を聞いたことがありません。驚きます。酒を飲んでいてもです。そういう人です。精神年齢は私よりもずっと高いと思っています。どうか、ですから皆さん、3か月や半年辺りで良いだ悪いだ判断するのではなく、長い目で彼を中心とした新しい「報道ステーション」を見守っていただきたいと思います。わがまま言って辞める私に、強い力はないかもしれませんが、ぜひお願いをしたいと思います。そして、富川君とは仲がいいと思っていますので、本当に辛くなったら私に電話してきてください。相談に乗ります。ニュースキャスターというのは本当に孤独ですからね。私は今、こんな思いでいます。人の情けにつかまりながら、折れた情けの枝で死ぬ。「浪花節だよ人生は」の一節です。死んで、また再生します。みなさま、本当に、ありがとうございました!

(2016年3月31日 7分半)

    資料2:岸井成格・膳場貴子のケース
膳場:さて、岸井さんと私、膳場、古谷さん、そして國本さん、この5人でお送りする「NEWS23」、今夜が最後になります。私がこの番組に加わったのは、2006年の秋、当時は筑紫哲也さんがアンカーでした。それからあっという間の9年半。リーマン・ショックに見舞われ、人口減少の時代を迎え、そして東日本大震災、原発事故を経験しと、変化の時代を生きているという実感を持ちながらの毎日でした。そんな中、様々な立場からの視点や健全な批判精神を大切に考えて、皆様に未来を考える材料を提供できたらと考えてまいりましたが、いかがでしたでしょうか。少しでも「NEWS23」がお役に立てていたならそんな嬉しいことはありません。

岸井:私はこの3年間、アンカーを務めてきましたが今、世界も日本も歴史的な激動期に入ったんですね。そういう中で、新しい秩序とか、あるいは枠組みづくりの模索が続いてるんですね。それだけに報道は変化に敏感であると同時に、やっぱり極端な見方に偏らないで、そして世の中や人間としての良識・常識を信じて、それを基本にすると。そして何よりも真実を伝えて権力を監視する、そういうジャーナリズムの姿勢を貫く、ということが益々重要になってきているなと感じています。

膳場:そして、「NEWS23」は来週月曜日からこの方がメインキャスターになります。星浩さんです。星さん、一言。

星:皆さん、どうもお疲れさまでした。皆さんの思いをしっかり引き継いで一生懸命やっていきますので、これからも見守っていただければ助かります。よろしくお願いします。

岸井:期待しています、頑張ってください。

星:どうもありがとうございます。

膳場:来週からも「NEWS23」に引き続きご期待ください。では、今夜はこんなところで。

(2016年3月25日 1分50秒ほど)

image by: Shutterstock



『uttiiのTVウォッチ』創刊号より一部抜粋
著者/内田誠(ジャーナリスト)
各局のニュースを比較し、また、優れた特集番組などを紹介する<uttiiのTVウォッチ>。伝え手はニュースステーションやサンデープロジェクト(いずれもテレビ朝日系)で数々の特集取材に関わり、「JAM THE WORLD」(J-WAVE)ナビゲーターを務め、現在は市民が作るネット上のテレビ局、『デモクラTV』の自称「編成局長」。
 

「悔しさ」を感じない戦後日本=施光恒・九州大学准教授

 投稿者:マネーボイス  投稿日:2016年 4月 8日(金)13時03分49秒 FL1-133-202-231-175.tky.mesh.ad.jp
返信・引用
  現在の米国の政治は、とても無批判に信頼できるものではないはずなのですが、日本では、TPPや米国政治に対する懸念は、大きな声とはなりません。どうも戦後日本は、対・米国をはじめとする国際関係の場において、「悔しさ」という感情を過度に抑圧し、なるべく意識しないようにしているようです。

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年4月1日号より
※本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

なぜ戦後の日本人は「悔しさ」の感情を失ってしまったのか?

「米国についていけば大丈夫」の思考停止

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の承認案と関連法案の質疑が、来週半ばから衆院本会議で始まるそうです。いままで本格的な論戦が国会でなされてこなかったので、十分な審議を期待したいところです。

ただ、こんな記事もありました。

TPP交渉の記録作成せず 日米閣僚協議で政府 ? 東京新聞(2016年3月30日付夕刊)

この記事の伝えるところによると、TPP交渉を担当した甘利明前TPP担当相と米国のフロマン通商代表の閣僚協議に関し、政府は交渉記録を作成して来なかったそうです。

TPP交渉は、条約発効後4年間、交渉過程を秘匿することになっています。各国の交渉担当者が政治的責任を負いたくないからでしょう。この取り決め自体、民主主義の原則に反していますし、交渉過程の記録もとっていないというのはおかしな話です。

米国の大統領選挙では、結局、残っている候補は全員、濃淡あるにしても「TPP反対」を打ち出しています。なのに、日本では、TPP反対論は盛り上がっていません。

TPP批判が盛り上がらない理由は、一つは大手マスコミの報道姿勢にあるでしょう。

先日、ジャーナリストの岩上安身氏にインタビューを受けた際に、直接、聞いたのですが、岩上氏が以前、10年以上の長きにわたって務めていたフジテレビの「とくダネ」のコメンテーターを降ろされたのは、番組内でTPPに対して批判的コメントを述べたためだったとのことです。テレビや全国紙などの大手マスコミでは、スポンサーに輸出関連の大企業が多いからか、TPP批判は好まれないのでしょう。

他の理由としては、やはり「米国についていけば大丈夫」「米国の進めるグローバル化戦略に乗っていれば間違いない」という、ほとんど思考停止といってもいいほどの過度の米国への信頼があるように感じます。

来日したスティグリッツ氏も述べていたように、TPPとはグローバル企業の利益をもっぱら反映したものであり、そうした企業のロビイストの強大な影響力を排除できない現在の米国の政治は、とても無批判に信頼できるものではないはずなのですが、日本では、TPPや米国政治に対する懸念は、大きな声とはなりません。

 ところで、昨日、報道がありましたが、ウグイスや虫の鳴き声の声帯模写で知られる演芸家の四代目・江戸屋猫八さんが亡くなりました。私より若い世代には、テレビゲーム番組の司会者としても知られていたそうですが、私は、このかたと、このかたのお父上である先代の江戸屋猫八氏(三代目、1921~2001年)がテレビの演芸番組でよく共演し、見事な、ウグイスや鈴虫の鳴き声の物まね芸を披露していたのを思い出します。

以前、私は、三代目のほうの江戸屋猫八氏の自伝『キノコ雲からはい出した猫』(中央公論社、1995年)を読んだことがあります。

三代目の猫八氏は、戦時中、陸軍にいたそうです。原爆が広島に投下された当時、爆心地から三キロ離れた宇品に駐屯しており、投下直後に広島入りし、救援活動に従事しました。

猫八氏の自伝によれば、原爆で負傷した人々が、軍服を着た猫八氏に息も絶え絶えにかけた言葉はだいたい次の二つだったそうです。一つは「水を下さい」、もう一つは、「仇をとってください」でした。

「水を下さい」のほうは、原爆にまつわる現在の語りのなかでよく聞きますが、後者の「仇をとってください」は、ほとんど耳にしません。

米国に原爆を落とされ、自分自身や家族を傷つけられた人々が、軍装の猫八氏に向かって、こんな目にあわされて悔しい、私や家族の仇をうってください、と言ったというのは、考えてみれば、生々しくも自然な感情でしょう。

しかし、戦時中の記憶についての現在の語りでは、「悔しさ」にはほとんど焦点が当てられません。

どうも戦後日本は、対・米国をはじめとする国際関係の場において、「悔しさ」という感情を過度に抑圧し、なるべく意識しないようにしているようです

 社会学者の竹内洋氏は、著書『革新幻想の戦後史』(中央公論新社、2011年)のなかで、戦後の言論空間の歪みを指摘しています。

丸山眞男氏などの進歩的知識人は、「悔恨共同体」という言葉を使い、戦後日本社会を表現しました。「悔恨共同体」とは、知識人の一部にあった感情パターンに過ぎないのですが、丸山氏や「リベラル派」(左派)のマスコミは、日本国民全体が持っていた感情であるかのように描きました。つまり、「あの戦争を止められなかった」ことを日本人のほぼ全員が後悔しているという図式を当然のように扱ってきました。

竹内氏は、「『悔恨共同体』とは、敗戦後、戦争を食い止められなかった自責の念と、知識人として将来の日本を新しく作っていかなければならないという気負いがない交ぜとなって形成された感情共同体」と定義しています。その上で竹内氏は、確かに悔恨共同体という側面もあったかもしれないが、戦後日本社会には、別の感情共同体も存在していたのではないかと疑義を呈しています。

竹内氏はそれを「無念共同体」と表現します。無念共同体とは、「戦争をやむを得なかったと捉え、敗戦を悔しく思う感情共同体」と定義されます。

竹内氏は、戦後の日本社会を、戦争を止められなかった自責の念からなる「悔恨共同体」と捉える視点と、戦争をやむを得なかったと見、敗戦を悔しく感じる「無念共同体」と捉える視点のせめぎ合いと理解すべきであるのに、いわゆる進歩的知識人の視点からは「無念共同体」の観点がすっぽりと抜け落ちてしまっていると指摘します。

進歩的知識人だけでなく、彼らを重用してきた戦後の大手マスコミの問題でもあるでしょう。GHQの検閲も一因でしょうが、戦後から現在に至るまで、大手マスコミが影響力をふるって形成する世論では、対・米国をはじめとする国際関係の場において、「悔しさ」という感情が表面化されず、「悔しさ」を感じるべき事態に日本があるという事実をなるべく認識しないようにしているかのようです。

佐藤健志さんや評論家の岸田秀氏が以前から指摘してきたことですが、日本人の多くは、日本が先の大戦で米国に敗れ、それから現在に至るまで、実際上、保護国(属国)の状態に置かれているという事実を正視できないという点で、あまり健全でない精神状況に陥っているようです。

米国の要望だと思われるものを、日本人の多くは先読みして、これは米国から無理やり押し付けられたものではなく、自分たち自身にとって良いのだ、自分たち自身が望んでいるものなのだ、と考えるようにしているかのようです。TPPにしても、あるいは「英語化」政策の問題にしても、批判があまり大きな声にならないのは、こうした日本人の意識やこれを助長する戦後の言論空間の歪みが根底にあるといってよいでしょう。

TPPにしろ、英語化の問題にしろ、対米関係の現状の正確な認識と、それを可能にする言論空間の整備から始める必要があるようです。
 

NHK籾井会長による「粛清人事」が止まらない。退任迫るイジメ左遷も

 投稿者:http://www.mag2.com/p/ne  投稿日:2016年 3月28日(月)14時44分19秒 FL1-133-202-231-175.tky.mesh.ad.jp
返信・引用
  就任当初から数々の暴言で何かと物議を醸した籾井勝人NHK会長ですが、それから2年の間、局内で次々と粛清人事を行うなどしてますます安倍政権寄りの姿勢を明確にしているといいます。この動きにメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは、そもそも公共放送であるNHKの人事に内閣が深く関与していることに問題があると指摘、これでは真の民主主義国家とはいえないと厳しく批判しています。

籾井会長によるNHK粛清人事の2年余
ことし2月17日、NHKの専務理事2人が退任した。塚田祐之、吉国浩二。いずれも籾井勝人会長に辞任を迫られ、拒否すると閑職に追いやられて、不遇をかこっていた。とうとう最後まで籾井に反旗を翻すことができず、任期切れを理由にNHKを去ることになった。結果としては、敗北である。現職に奮起を促す数多くのOBの期待に応えられず、無力さを感じただろう。

「政府が右と言っているものを我々が左と言うわけにはいかない」

すっかり有名になったこの言葉通り、籾井は安倍政権の「右」路線に反しないよう、放送現場に圧力を加えてきた。

2014年1月に就任以来2年余り、彼がNHKにおける権力の拠り所としてきたのは「粛清人事」だった。着任早々に秘書室長を交代させて以来、恣意的な担当替え、配置換えにより、事実上の降格人事を乱発した。

塚田、吉国が退任のあいさつをした今年2月9日の経営委員会。議事録にこんなシーンが記録されている。

籾井会長「塚田祐之専務理事、吉国浩二専務理事の2人は2月17日に任期を迎え退任されます。(中略)お2人が担当しておられますターゲット80プロジェクトの統括補佐重点地域については、プロジェクト統括の堂元副会長、統括補佐の福井専務が引き継ぎます」

2人の専務理事が担当していた「ターゲット80プロジェクト」とは、受信料支払い率80%をめざすという、いわば「社内目標」だ。たしかに受信料の徴収を増やすことは重要な仕事には違いないが、この営業活動を統括していたのは堂元副会長である。なんとその補佐に、2人の専務理事をつけたのだ。どこの世界に、高給の専務2人を、営業会議に出席するくらいしか仕事のない、いわば「窓際」に押しやっているような会社があるだろうか。

その日の経営委員会で、籾井に疑問をぶつけた委員が1人いた。美馬のゆり(公立はこだて未来大学システム情報科学部教授)だ。

美馬委員「塚田専務と吉国専務がターゲット80のご担当になった時、2人の専務の担当がターゲット80だけになるのは効率的な経営なのかと ご質問しました。会長は、『これはとても重要な任務だ』とおっしゃっていたのに、今回はそこを誰にも引き継がず兼務としていることについて、十分だとお考えなのでしょうか」

2人の専務が専任であたらなければならないほどの重要な仕事なら、その後を誰も引き継がないで、統括責任者の堂元副会長らが兼任するというのはおかしいではないかというのが美馬の指摘だ。もっともな意見である。

これに対し籾井は「非常に難しい最初のステップをお2人にきっちりと進めていただいたと思っております」などと、ごまかし、それ以上の議論にはならなかった。もちろん美馬は納得がいかなかっただろうが、彼女の追及を後押しする意見もなく、議論はそこで途切れた。

経営委員会は「役員の職務の執行を監督する機関」である。12人の委員のうち7人が賛成すれば会長を罷免できる権限を持っている。任期を迎えた理事の退任とはいえ、会長の人事のやり方に明らかな矛盾がある以上、徹底的に審議を尽くすべきであろう。

 籾井が会長に就いてすぐにやったのが、理事全員に辞表を提出させたことだった。国会でそれが問題になり、野党議員の求めで副会長と理事全員が出席したときのこと。籾井が「人事のことなのでコメントは控える」とシラを切るのに対し、塚田と吉国は「日付を空欄にして辞表を提出しました」と認め、続いて副会長をのぞく理事全員が塚田、吉国と同じ答弁で、辞表提出を証言した。

このシーンは間違いなく、会長に対する理事たちのささやかな抵抗だった。そうでなければ、会長に答弁を合わせるはずである。籾井が事前に口裏を合わせるよう圧力をかけていたとも聞く。

この一件で塚田、吉国を憎んだのか、その後、籾井は任期中にもかかわらず2人に辞任を迫った。2人が拒否したのは言うまでもない。そこで籾井は2人の専務理事の担当替えによる「イジメ作戦」をはじめた。塚田、吉国は事務方としてNHKを引っ張っていた人材だ。その2人をそろって「ターゲット80プロジェクト」の統括補佐という閑職にまわしたのだ。

籾井人事の異常さはこれだけにとどまらない。2014年4月、放送総局長だった石田研一専務理事は「番組の考査」担当に代えられた。放送分野のトップを事実上、降格させたのである。この人事について、昨年2月まで経営委員を務めていた上村達男早大法学部教授は著書「NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか」で次のように述べている。

NHKの放送の中身に対して「偏向だ」と文句を言っている人たちは、このポジション(放送総局長)の人の首を象徴的な意味ですげ替えたかったのかもしれません。
石田研一専務理事は翌2015年4月、下川雅也、木田幸紀の2人の理事とともに退任した。上村教授は

下川理事もおそらく、籾井会長の思い通りにならなかったので、遠ざけられたのでしょう。…下川雅也理事が辞め、石田研一理事が辞め、木田幸紀理事も退任となりました。きちんとした人たちが櫛の歯が抜けるように消えていく印象です。
と書いている。

経営委員会における下川理事の退任あいさつには、NHKの置かれた危機的状況への怒りと悔しさがにじんでいた。

NHKに対する信頼が残念なことに今、揺らいでしまっています。…自主・自律が公共放送の生命線という認識は、戦前のNHKへの根本的反省から生まれています。…政府が右と言っても左という勇気を持ちませんでした。…それがどれだけ悲惨な結果を招いたことか。…不偏不党という言葉にはそういう歴史的な意味合いが込められています。…私たちはもう一度、この公共放送の原点というべき信念を再確認し、肝に銘ずるべきではないでしょうか。
「政府が右と言っても左という勇気」。籾井会長へのあてこすりには違いない。だが、放送の政治的公平がいかなるものかを、まったく理解しようとしない安倍官邸の面々や籾井会長には、これがいちばん分かりやすい伝え方であろう。

 さて最初に戻って、経営委員会の問題である。経営委員は「両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する」ことになっている。両議院の同意は、与野党一致の国会同意が慣行だったが、安倍政権はこの慣行を無視し、与党だけの同意で人事を強行した。

会長選任には、経営委員12人のうち9人の同意が必要である。NHKの報道を「偏向している」とみた安倍首相は、当時の松本会長を退陣に追い込み、傀儡会長を据えるため、官邸主導で新たに4人の経営委員を任命して、委員会の顔ぶれを大幅に入れ替えたのだ。その4人とは、作家の百田尚樹(平成25年11月11日新任)、日本たばこ産業顧問の本田勝彦(同)、哲学者の長谷川三千子(平成25年12月11日新任)、海陽学園海陽中等教育学校長の中島尚正(同)。

百田、長谷川はよく知られた極右思想の持ち主、本田は東大の学生だったころ安倍の家庭教師をつとめた人物だ。また、中島の海陽学園海陽中等教育学校は、安倍の財界ブレーン、葛西敬之JR東海会長が副理事長をつとめていた。葛西が中島を推薦したのに違いない。

こうして、籾井会長が誕生したのだが、それ以後も、与野党一致の慣行を安倍政権が破り、与党だけで同意した経営委員を官邸主導で送り込むことになったため、経営委員会がすっかり安倍の「お友達委員会」の色を帯びてしまった。塚田、吉国の2人が専務理事でありながら閑職におかれていたことについて、美馬委員が追及しようとしても援護射撃がなかったその場の空気は、現経営委員会の体質が醸し出されたものと見ることができよう。

この国は、あまりにも内閣総理大臣に権限が集中しすぎている。最高裁長官も、検事総長も、日銀も、会計検査院も、表向きは独立性を謳っているが、内閣が任命、指名できる権限を握っている以上、見識の低い総理大臣のもとでは独立性が低いといわざるをえない。

NHKも同じだ。公平公正、不偏不党、自主自律を謳いながら、政府に隷属する仕組みにされている。戦後のNHKは公共放送として変身したはずであった。「政府からの自立」。それが最大の眼目だった。そのために1950年、アメリカにならって、民間人で構成する独立行政委員会「電波監理委員会」を創設したのである。

ところが、同委員会はサンフランシスコ条約が発効した1952年4月、日本の主権回復と同時に廃止され郵政省に統合されてしまった。つまり再びNHKは政府の管理下に置かれることになった。国民の側に立つべき公共放送が、人事や予算、その他の管理権限を通じて政府に支配されるようでは、真の民主主義国家とはいえまい。

現下の制度のもとで独裁的な傾向を持つ政治家に政権を委ねると、いまのように憂うべき事態に陥る。ここから脱出するには、まずは夏の国政選挙で、安倍政治に「ノー」の意思を国民が示すしかない。

image by: MAG2NEWS



『国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋

著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
 

政府公表資料はウソ 安倍官邸が隠した米教授“本当の提言”

 投稿者:日刊ゲンダイ16/3/24  投稿日:2016年 3月25日(金)15時15分21秒 36-2-147-64.tokyo.ap.gmo-isp.jp
返信・引用
  22日に第3回が開かれた「国際金融経済分析会合」。米ニューヨーク市立大・クルーグマン教授も来年4月の消費増税反対を提言したが、増税延期の風向きが強くなったのは、先週16日に行われた第1回の米コロンビア大・スティグリッツ教授の提言がきっかけだった。

 だが、ちょっと待って欲しい。会合から2日後の18日に政府が公表したスティグリッツ教授提出の資料を見ると、消費増税についての記述はどこにもない。むしろ教授が提言したのは、TPPの欺瞞や量的緩和政策の失敗、格差の是正、つまりアベノミクスの全否定だった。

 提言のレジュメとみられる資料は48ページにわたり、例えばTPPについて次のように手厳しい。

〈米国にとってTPPの効果はほぼゼロと推計される〉〈TPPは悪い貿易協定であるというコンセンサスが広がりつつあり、米国議会で批准されないであろう〉〈特に投資条項が好ましくない――新しい差別をもたらし、より強い成長や環境保護等のための経済規制手段を制限する〉

 ただ、これは官邸の事務局による和訳で、本来の英文と比較すると、これでも「意図的に差し障りのない表現にしている」と言うのは、シグマ・キャピタルのチーフエコノミスト、田代秀敏氏だ。

「〈特に投資条項が好ましくない=Investment provisions especially objectionable〉ですが、強い不快感を表す単語【objectionable】を使っています。正確には、〈投資条項が、とりわけ、いかがわしい〉と訳すべきでしょう」

 他にも【inequality】を和訳で、アベノミクスに好都合な場合は「格差」とし、不都合な場合は「不平等」とする“都合のいい”使い分けが散見されると指摘する。

「『大不況に関する誤った診断』と題するスライドでは、旧『第1の矢』の金融緩和には期待された効果がないとし、『企業が投資に積極的にならないのは、需要が足りないからだ』と断言しています。世界で最も権威のある経済学者が日本国民のために全力で提言した結果が、アベノミクスの全否定でした。スティグリッツ教授は安倍首相に、アベノミクスを停止し、経済政策を百八十度転換することによって、7月のG7サミットで主導権を取ることを提言しているのです」(田代秀敏氏)

 それにしても、スティグリッツ教授の資料はどうして会合当日に公表されず、2日も遅れたのか。内閣官房の担当者は「和訳の適切性について疑義が出たりしまして……」と弁解していた。

 政府にとって“好ましくない”ことを隠し、消費増税への教授の意見を必要以上に“強調”したのだとすれば、大問題だ。
 

どこに消える? 大企業がため込む巨額「内部留保」の行方

 投稿者:日刊ゲンダイ16/3/21  投稿日:2016年 3月23日(水)09時49分52秒 36-2-147-64.tokyo.ap.gmo-isp.jp
返信・引用
   予想通り、今年の春闘は、さっぱり振るわなかった。史上空前の利益をあげているトヨタでさえ、ベアは月額1500円と、昨年の4割以下。中小企業の春闘はこれからだが、主要企業のベアは、ほとんど昨年の半額程度に終わってしまった。

 しかし、大手企業は、社員に大盤振る舞いできたはずだ。いくらでも“原資”があるからである。

 なにしろ、大企業の内部留保の額はベラボーである。財務省の2015年10~12月の法人企業統計によると、企業の利益剰余金は355兆円。12年同期の274兆円から81兆円増と、アベノミクスの3年間で3割も増えている。なのに、労組側の要求額まで、昨年から激減している。

 なぜ、巨額の内部留保は社員に還元されないのか。いったい、内部留保はどこに消えているのか。経済評論家の斎藤満氏はこう言う。

 「春闘がパッとしなかったのは、労使ともに“空前の利益”が一過性に過ぎないと見越しているからです。この3年の企業利益は、異次元緩和の円安政策頼み。売り上げ自体はさほど増えていません。法人減税など安倍政権の大企業優遇策によって利益を押し上げただけで、その利益は労働者の犠牲の上に成り立っている。そうした“刹那の経済政策”に、労使とも気づいているということです。設備投資が振るわないのも同じ理由です」

 内部留保は膨れ上がっているのに、実質賃金は4年連続で減少。従業員給与は12年10~12月期の28兆円から、15年同期には27兆円へと1兆円もダウン。その結果、日本経済は個人消費が冷え込み、経済のパイがシュリンクする悪循環に陥っている。

「剰余金の使い道といえば、最近は、どの企業も配当に回すか、大量の自社株買いによる株価維持策ばかり。口うるさい株主利益の貢献策のみです。この経営者の後ろ向きな姿勢が、アベノミクスの失敗を雄弁に物語っています」(斎藤満氏=前出)

 この調子では、どんなに大企業が儲けようが、内部留保が積み上がろうが、サラリーマンの給与は永遠に上がらない。

 
 

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