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平成21年3月開港予定の静岡空港は県政のお粗末な「立ち木」の失態によって多額の予算を追加し、石川嘉延前知事も辞任に追い込まれ、辛うじて平成21年6月4日に開港にこぎつけました。しかし、その後も搭乗率、霧等の悪天候に悩まされ続け一部ではその存在さえ危ぶまれています。そんな焼け石に水の状態の空港に、川勝新知事は更に多額の予算を計上し税金を投入し続けています。
そんな中、西側制限表面の「立ち木」とは別に静岡県は「行政による無断伐採」を平成21年10月2日に公表しました。川勝平太新知事は地権者と面談後「経緯の調査は私がやる」(静岡新聞10月3日朝刊)と記者団の前で宣言したそうです。その結果、平成21年12月2日県庁で会見しましたが、「内部調査は県総務部、建設部が担当」(中日新聞2009年12月3日)で、それは調査と言えるものではなく関係職員の保身を表明したものでした。
私は「無断伐採の場所」と「無断伐採の日にち」の2点を挙げて、川勝知事が「経緯の調査は私がやる」と宣言し、公表した調査結果に対して批判したいと思います。ところで、旧石川県政では詳細な記者とのやりとりが県のHPに載っていましたが現在の川勝新県政では、探しても見当たりませんので、WEB上の新聞社の記事を参考としました。
一つは「無断伐採の場所」ですが明確に示されてなかったこと、それに関係してその立ち木の頂点の高度が航空法で定められた「転移表面」に抵触していた可能性のあったこと(私はあったと考えています)を公表しなかったことです。
10月3日の静岡新聞(無断伐採の場所を載せている唯一の新聞)を見ると無断伐採の場所は、滑走路と誘導路、つまり着陸帯に接している制限表面です。注目すべきは、過去の「立ち木」は滑走路の西末端から1.4km以上も西方に離れた場所でしたが、今回の「無断伐採」は牧之原市側の管制塔より東にある空港トンネル近くで、そのトンネルより西にあり、着陸帯に接した距離が0に近い場所で起こったことです。着陸帯の周囲は制限表面のうちの航空法第56条第2項で定められた「転移表面」(「水平表面」も周囲ですが、滑走路の中心の標点より垂直方向に45mの地点の半径4000mの円周の内側部分で、高度の点でも転移表面と区別される)にあたり、その末端が水平表面と接し、その勾配は1/7です。
この1/7の勾配を単純に数字をあてはめれば、滑走路の長辺に対し7m垂直に南方向に離れた所の標高(立ち木の頂点)が、標点(滑走路の中心で、静岡空港の場合は標高132m)より1m高い、つまり無断伐採の立ち木の頂点の標高が132+1=133m以下でなければならないことになります。しかし滑走路はすべて同じ標高ではなく東が0.5%下がっているため、伐採の場所が標点より500m下がった滑走路の標高として計算すると、さらに133mから約2.5m低い133-2.5=130.5mになり、これより低くなければなりません。
(平成21年)「2月12日空港管制塔からの見通しの邪魔になる立ち木の伐採を空港建設事務所長が指示」(asahi.com2009年12月3日)から考えて、着陸帯より外側の南に7m離れた地点で、頂点が滑走路の平面より1m以上高い立ち木(転移表面は着陸帯から外側上方へ1/7の勾配の平面ですので、「1」と「7」の数字で無断伐採の立ち木の位置を仮定しています。実際は着陸帯に接していた部分もあったようです。)に対し、視界を遮るとは想像し難く、立ち木はそれよりもずっと高く航空法の「転移表面」に違反していたのではないかと思われます。実際に、地権者が十数メートルの高さの木もあったと述べている記事もありました。
もう一点は、「無断伐採の日にち」ですが、無断伐採の日は静岡空港で行われていた国土交通省の検査の最中で、このことについて公表しなかったことです。そこで、時系列で無断伐採の日の前後の日付や事柄を記載します。
2009年1月=「…地権者は1月に県の担当者立会いで境界を確定し、境界を示すくいも存在したと指摘。」(shizushin.com2009年10月03日)
2009年1月26日=国土交通省の開港に向けての検査開始。
2009年2月12日=「空港建設事務所長が立ち木の伐採を指示。」(asahi.com2009年12月3日)
2009年2月13日=「伐採を実施。杭が無くなっていた。」(asahi.com2009年12月3日)
2009年2月17日と19日=飛行検査(あるブログより、19日は最終現地検査)
2009年3月19日=「国土交通省から合格証」
2009年3月25日=石川県知事が辞任を表明
2009年5月26日=「地権者から無断伐採の連絡。」(asahi.com2009年12月3日)
2009年5月27日=「事務所長が現地を確認。」(asahi.com2009年12月3日)
2009年6月4日=「開港。」(asahi.com2009年12月3日)
2009年6月23日=「事務所長が地権者に謝罪。」(asahi.com2009年12月3日)
2009年8月17日=「事務所から知事と空港部に連絡。」(asahi.com2009年12月3日)
2009年10月2日=「県が問題を公表。」(asahi.com2009年12月3日)
2009年12月2日=川勝知事が調査結果を公表。「真相究明が進んでないのが現状だ。」(asahi.com2009年12月3日)
このことからわかることは、2009年1月26日の国土交通省の完成検査や飛行テストの最中の2月12日に、空港建設部長が伐採を指示し、翌日の13日には無断伐採されていることです。このように指示の即翌日が無断伐採であったことは、緊急を要する伐採であったことがわかります。しかもその場所は前に述べたように航空法による「転移表面」に抵触する可能性のある場所であり立ち木の高さであった場所です。西側表面制限に抵触して空港開港の延期を余儀なくされた静岡県行政の不祥事に加えて、更なる不祥事が発覚し更なる開港の遅れを恐れたことと、この地権者が空港反対を表明していましたので伐採を命じても時間がかかることを恐れたために、地権者に無断で伐採に及んだことは想像できることです。
ところで、川勝知事は10月2日の調査発表で、「『故意に限りなく近い形だ』と当時の空港部の対応を厳しく断じ…。」(asahi.com2009年12月3日)と口先だけで言うのではなく、どのような点に「故意」を感じたのかの説明を県民にするべきです。ところが、無断伐採の原因を県有地と民有地の境を示す、4本の「杭」の不可解な消失に終始しています。それだけでは静岡県民は納得できないと思います。ところで、私の経験した浜松市天竜区佐久間町佐久間の静岡県の土木事務所が行った「殿島急傾斜地崩壊対策事業」での杜撰な測量後の「杭」は次々と誰かの手によって引き抜かれ放置されたままであるのが現状です。ですから、杭の消失など静岡県の公共事業では日常茶飯事の出来事でなはないかと、今回の杭の消失と私の経験から思いました。
川勝平太知事は、かつて学者として、西洋の産業革命に対し日本の産業革命は日本人の勤勉さによるというような内容の持論を展開し、多くの日本人に共感と希望を与えてくれたと聞いています。日本人の誇りは勤勉にあると私も思います。
そこで、このような不祥事を起こした静岡県の職員たちに対し何ら処分をなさらないところを見ると、川勝知事は静岡県職員に日本人の勤勉さを期待していないのではないのでしょうか。そしてそれを感じて、静岡県民の川勝知事や静岡県行政に対する共感と希望も失われたかもしれないと言わざるを得ないと思います。(裁判では自白だけでなく、状況判断だけでも限りなくクロに近ければ有罪にできることを聞いたことがあります。)
http://blogs.dion.ne.jp/e63521174a/
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